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今回はトレーニー勢が「筋肉痛を楽しそうにしている理由」を考察します。人それぞれどのような気持ちなのか確信的ではありませんが,恐らく多くのトレーニー勢が非・トレーニー勢だった頃に比べると遥かに「筋肉痛がなぜか嫌いになれないんだよな」という感覚を掴んでいると思われます。

それでは書いていきますね。


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筋肉痛がなぜか嫌いになれない!むしろこの痛みが好きな理由

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以前Youtubeにてアップした、動画「侍になる方法」にてスタバの女のセリフで書かせて頂いたものが1つ目の理由でです。

人は痛みを感じる度に「その痛みの理由」を思い出します。例えば”表面的な痛み”でなくとも,ある人の物語では,ひどく風邪を引いた時など「当時世話をしてくれた温かい気持ちの有り難み」などを思い返し心に染みたりするものです。

そう考えると「一般人が筋肉痛を嫌いとする理由」はその筋肉痛に「特に思い入れがないから」であるとも言えるのかもしれません。反対に我々トレーニー勢が筋肉痛をなぜか嫌いになれない、「逆に好きだ!」という人ですら存在する理由は「痛む度にトレーニングにより成果をあげた自分を証明できる」サインになっているからと言えるでしょう。

痛みがあるって素敵よね

痛む度にその痛みの理由が

自分に響くんだもの

– スタバの女 –

【侍になる方法】辛い脚トレに向かえ!【戦場への入り口】 2:32~抜粋

余談: 侍になる方法の動画は当初の侍が武士道を掲げていた時代の人の気持ちを少し入れ込んでいます。当時,侍は戦によって生き延び米の報酬を誇りにしていた事でしょう。戦を迎えても尚「死んだらもう家族や嫁と会えないかもしれない」という泣き言さえも言わない姿が想像できます。そんな侍は、きっと、やはり何処かで心を殺していたのだろうという考察から「侍になる方法は自分を傷つけることから始まる」とさせて頂きました。

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「自分を傷つける」という言葉からは「心を傷つける事」であったり「戦場で傷を追う事」であったり様々な物語を想像させます。そうして「侍として強くなっていく様」は本物の武士道と重ねて恐縮ではありますが「筋トレを頑張る人の背中は当時の侍の背中を彷彿させる」のだと思います。筋トレをやりだすと筋トレ中は遊びに行くことなんて考えていたら集中できませんし,そこはもはや現代人それぞれの“戦場”なのだと言えます。

ちなみに、この動画は自分の作品の中で一番好きだったりします。笑

「筋肉痛は成果をあげたサイン」であるなら「筋肉痛が無いと意味がないの?」と疑問を持つトレーニー勢も多いかと思われます。

筋肉痛は運動によって傷ついた筋肉の線維を修復しようとするときに起こる痛みという情報から「痛みが起きないと意味が無い」と捉えてしまうのでしょう。

しかし、そんなことはありません。一般的に「筋肉を張るまで動かせば筋発達に効果がある」と言われています。筋肉を張らせて対象部位に血液を集中させるだけでも栄養がたくさん運ばれるので発達するのではないか?というのは僕の考察ではありますが,感覚的に言うと僕自身、結構前に「筋肉痛がおきるまでやっていなかった時期」もありまして、そんな時期も重量更新はできていました。

少なくともその経験上「筋肉痛が起きないトレーニング」も「筋発達」に強く関与できているのではないか?と個人的に思っています。

とは言っても「筋肉痛の具合」というのはあくまで修復サインの強弱ではあると思うので「筋肉痛の痛みが強い程上手く筋肉を動かせている」と言っても良いでしょう。その痛みをサインにトレーニングボリュームであったり技術を改善していけるわけですから様々な場面で「成長」に繋がるのは間違いはありません。

それでは今回はここまで。本日も良き1日を。

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2014-12-03a11
著者: SR
体重: 57.2Kg(2014-9/10現在)


当サイトでは日々トレーニングで得た気づき,情報/知識のアウトプットを中心に綴っています。,

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