記事の詳細

よく耳にする言葉です。「筋トレ好きって事は”M”なんだね」と。この決めつけられたものを考察する前に1つ言っておきます。いや、関係ないでしょう!そんな話は合コンで盛り上がる会話にでも冗談までにしておいて欲しいものです。笑

だからといって以前話したようにこれを熱く論議して温度差を生むのも馬鹿らしいですよね。価値なんて人それぞれ。「関係無い」なんて自分さえ思っておけばいいのです。この話を熱く語り価値を共有したところで何の意味も無い話ですから。笑




スポンサーリンク



そもそもSやMとは?

一般的に言われているSとMでは「攻める・まかせる」の略語で代用しがちですが、実のところS(サディスト)M(マゾヒスト)からきた略語のようなものです。簡単に言えばサディストでは「相手を痛めつけて相手を快楽に導く事」とされており、マゾヒストでは「相手から肉体的、精神的に支配される事で快楽を得る事」とされています。

いずれも「自分以外の人物/相手が干渉することで決められるもの」として成り立つと考えます。

筋トレ好きな人は「Mの人」?いや,関係ないでしょう

そもそも「肉体改造」というのは基本的に相手に干渉される事のないカテゴリーです。もしも「筋トレで自分を痛めつけている風貌」が「Mの人」であれば「スキルの上達を頑張る人」全てが「Mの人」となります。その印象の決めつけは確定的要素は薄く、偶然の物事の一致や個人が持つ極端なイメージから勝手に成立させられる事が多いのだと考えます。

また、こんな事を考察して定義付けたところで何も意味はないのだと個人的にも思います。笑

筋トレが必ずM要素で成り立っているものではない

筋トレ好きが「M」と言われがちである理由の多くは「自分を痛めつけている事で喜んでいるように見える」とされていますが、行動的、意思的に言えば自分を痛めつけているのは「自分」なので「S」である要素が平等に含まれるのだと考えることができます。

また「自分を痛めつける事で喜ぶ」というのは、ただ単にそれだけで終わるものではなく「目標の到達に喜んでいる」という理由、「また自分は成長できる」という素晴らしい物語がそこに詰まっているものです。なので「自分は筋トレ好きだからMである」なんて確証なんて実はどこにもありません。

念のためもう一度言いますが、この話を定義付けたところで人に強要する材料にして欲しいわけでもなく「世の中にこの考え方を広めたい!」なんて思っているわけでもなく。笑

あまりに細かくて考えることすら無駄な時間だと思えるので結局何があるわけでもありません。笑

だからこんな話になっても「そうなのかな〜?笑」と流す心の広さを魅せてください。

ただ、変わるのだとすれば自分が自分に対して「そんな事関係ない」とさえ思うことができれば「馬鹿げた”きめつけあるある”に惑わされることなく」少し晴れた気持ちになる人も多いのではないかと思います。それでは今回はここまで、本日も良き1日を。

スポンサーリンク

SNS

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

Youtube

youtube1

PR

2014-12-03a11
著者: SR
体重: 57.2Kg(2014-9/10現在)


当サイトでは日々トレーニングで得た気づき,情報/知識のアウトプットを中心に綴っています。,

カテゴリー

関連記事

ページ上部へ戻る