記事の詳細

何事も1つの物事に関わるごとにl人生って変わりゆくものです。もう少し言えば,1つでも何か選択をした瞬間から人生って変わるものです。ですがその多くの選択をしてきた中でも「過去を振り返ること」で「コレをすることで人生がかわったな〜」と実感できるのは僕の場合筋トレなんですね。


スポンサーリンク



もしも筋トレしていなかったら

「もしも筋トレしていなかったら」とか「もしもこの職についていなかったら」とかくだらないif話をするのって結構楽しいものですよね。笑

特に「今があるのも過去のお陰」ということを前提に話すことで過去の話は華となるもの。「あの時こうしておけばよかった」と振り返ると,恐らくこの先も同じような考え方になって後悔だらけの人生になりそうです。実際に意味があることしか起きませんから何事にも意味を感じていきたいですね。

さて,僕の場合「もしも筋トレしていなかったら」という話ですが,

恐らくではありますが「ゲーマー」になっていたと思います。家に引きこもってゲームをする凡人。誰にも存在を知られることなくシャドーに過ごす圧倒的凡人。でもこうしてブログやサイトはしていたかもしlれませんね。無駄話であったり気づきのアウトプット好きなので。笑

筋トレ冒険記ではなくタイトルは何になっていたのでしょうか…「凡人物語」…とか?笑

とにもかくにも筋トレが無ければゲーム。それが唯一「自分を別世界に誘ってくれる現実逃避であり非・現実」なのでジャンキーにならざるを得ないものです。でも今こうして筋トレして「自分」で自分を実感することで確実に「人生かわったな〜」と思います。

この世界、生き甲斐を見つけたモン勝ち

人生=仕事くらいの割合で仕事が多くの時間を占めますから仕事が生き甲斐になれば人生は勝ちゲーなのですね。

逆に仕事以外の趣味の時間や家族との時間を生き甲斐にすることで嫌いな仕事に就いてしまっていても頑張れるので”生き甲斐”って大事です。

とは言っても理想的には「希望に頑張る形」ではなく「全てに満たされて過ごす事」であります。それを決めていくのも自分であり,選択権は全て自分にあるのです。

筋トレして筋肉つけて人生が変わった

「満たされて過ごす」には「自分が満たされていない状態」であることが前提でなければ「目標」なんてできません。つまり「満たされるために頑張る物事」が必要なのです。それを考えると常に目標が無限に量産される「筋トレ」って本当に凄い趣味だと思います。もはや”趣味”と呼ぶには軽すぎるくらい。

人は何でも目標達成に向けて走っている姿が輝くものです。走り終わった後の話をいつまでもバカンスしながら話していても評価なんてされませんし,満たされませんよね。老後にミカン剥きながらすればいいんですそんなの。

また,筋トレして筋肉をつけることで多くの人から評価を貰い満たされて「普通では覚えて貰えない場面」でもプライベートでは覚えてもらえたりするのでデフォルトの自分よりも圧倒的に縁も広がりやすいのだと感じます。

「筋トレしたらかっこよくなる」とはよく言いますが,「自分の中の”自分”としてのパフォーマンス」が凄く高くなる。その結果「自分として格好良くなる」のですね。

自分の中の自分としてのパフォーマンスが高くなれば,そりゃぁ人生だって大きく良く変わります。僕の場合並べてみるとザっとこんな感じです。

・筋肉をつけることで他者から評価されるようになった
・その評価が日々の頑張る力へとなっている
・筋肉をつけることで自分として格好良くなった
・筋肉をつけることで人から覚えてもらえるようになった
・筋肉をつけることで自信がついた
・自信がついた事で行動がアクティブになった
・怠惰で過ごす事に罪悪感を覚えて行動しないとストレスがたまるようになった
・「やることがある」「忙しい」のが楽しくなった

怠惰に生きようと人の人生なんて勝手です。

ですが人は「褒められるため」に満たされようとまっすぐ生きるべきなのだと思います。それは少年の頃から何一つ想いは変わりません。

「褒められるために」まっすぐ生きるんです。生粋でいいじゃないですか。

行動して褒められなければそれが結果、次ですね。

それでは今回はここまで。本日も良き1日を。

スポンサーリンク

SNS

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

Youtube

youtube1

PR

2014-12-03a11
著者: SR
体重: 57.2Kg(2014-9/10現在)


当サイトでは日々トレーニングで得た気づき,情報/知識のアウトプットを中心に綴っています。,

関連記事

ページ上部へ戻る